インタビュー イノウエエリコ
◯ゆるやかな週末を過ごしてもらう「あの日のウィークエンド」
野菜や果物、花、食べ物などをみずみずしく描く、イラストレーターのイノウエエリコさん。
COYAMAがオープンしてすぐの2020年から毎年展示してくださっています。
イラストレーターとして活動を始めて5年目となる今年の8月3日~14日にはアメリカ・ニューヨークのギャラリーで
作品を展示するなど、着々と活躍の場が拡がっています。イノウエさんのSNSを見て連絡をくれたという主催者は、
日本のクリエイターをアメリカに紹介したいという想いから30名ほどの作家さんに声をかけ、展示を定期的に企画・開催されているそうです。
「主催の方の想いに感動しましたし、作品を海外に渡らせてみたい!というわたしの夢を叶えることができました。
今回声をかけていただいたのが、本当にありがたいです」
こうして夢ひとつを叶えたイノウエさんがCOYAMAでの4回目の個展を開きます。タイトルは、「あの日のウィークエンド」。
「タイトルにウィークエンドと入れたのは、COYAMAのカフェ営業が土日のみだからです。
COYAMAの空間でゆるやかな週末をみんなさんに過ごしていただきたいです。展示では、これまでのようにガラスの器に絵付けをしたり、
私のブランド『tororo』(とろろ)の日用雑貨や布地を販売し、今社会人の世代が小学生のときに使っていたような巾着袋など、
懐かしいアイテムも出す予定です。でも、”懐かしいグッズ”と言っても、全年齢の方に気に入ってもらえると思っています。
それに、かわいいモチーフを好きな方には、性別関係なく届いてほしいです」
それに加えて今回も、新しいことを始める予定です。
ひとつめは靴下への刺繍。ペットなど好きなものの写真を持参してもらい、図案を作成して靴下のレッグの部分に刺繍するのです。
アイデアの発端は、イノウエさん自身がペットを飼っていること。
「ペットの似顔絵が手元にあったらいつでも見ることができるし、身につけるものだったらいつでもそばにいるように
感じられると思いました。そこで、肌に身につける靴下だったら、ペットがいる方に喜んでもらえるのではと考えたんですね。
でももちろん、ペットじゃなくても好きなものを自由にご注文いただけたらと思います」
ふたつめは、今回初めて描こうと思ったという人物画の展示です。
「約一週間の旅程で、ロサンゼルス、ラスベガス、ニューヨークをの3都市を周りました。人がとても生き生きとしていて、
公園で若い女性が本を読んでいたりして日常を楽しんでいるのが印象的でした。ニューヨークのレンガ造りの建物も絵になる、
そんな街で人がスケートボードに乗ったり、犬の散歩をしていたり、のびのびと日常を過ごしている様子を描きたいと考えています」
ニューヨークでの展示は、創作の中間点になったそうです。これからどんな表現を見せてくれるのでしょうか。
◯次の日からまた生きるための糧になる懐かしい気持ち
今回の展示には、ゆるやかな週末という意味のほかにも込められているものがあります。それは、わたしたちがこれまでに
感じてきた新鮮な感動や情熱を、”懐かしいあの頃”として振り返ることができるように、という想い。
懐かしさとは、イノウエさんにとってどのようなものなのでしょうか。
「いまの世の中、後ろを振り返ってはならない、ポジティブにひたすら前進、という風潮があるように思います。
でも、それだけだと疲れてしまうはず。そんななかで展示を見て『懐かしい』と思ってもらったときに湧き上がる、
楽しかったことや感動したもの、癒やされたできごとなどを、次の日からまた生きていく糧にしてもらいたいです」
イノウエさん自身の“あの頃”は、やりたいことに熱中していた、高校時代だそうです。
「好きな雑貨屋さんでお小遣いを心配しながら買い物したり、とても大きな絵を完成させようと没頭したり、
友達と漫画を描きあったり、高校生だった“あの頃”はすべてが楽しくて。なんでもできた時代でした。振り返ってみると、
いま『いいな』『懐かしいな』と思うものは、やっぱりその頃に好きだったものなんです」
懐かしいと思うのは、まるで心の貯蓄を引き出しているようだと、イノウエさん。
あの頃の自分がイノウエさんの背骨になっているように、「懐かしい」と思い出したものが
忙しい日々を送るわたしたちを支えてくれるのです。
「太陽の光に輝くシャボン玉。部活帰りの夜道の微妙な色合い。寒さに縮こまった体を温めるストーブの匂い……。
迷路に迷いそうになったり憂鬱になったり、大変なことはたくさんあるけれど、あの頃の自分自身や感覚を思い出し、
未来(現在)の自分に持ち帰ってもらう。そんなことをやりたいんです」
◯自分の作品で元気になってくれる人がいたら、それが一番の幸せ
イノウエさんは、インタビューのなかで「喜んでもらう」「何かよいものを持ち帰ってもらう」といったことを何度も口にしていました。
このような言葉は、どんな気持ちから生まれるのでしょうか。
「人はひとりでは生きていけないという持論があるんです。迷惑をかけないようにしていても絶対迷惑をかけてしまうし、
落ち込んだときに自力で打開できるときもあれば、めぐりめぐって他人が助けてくれるときもあります。以前わたしが落ち込んだとき、
救いの手を差し伸べてくれたのは、やっぱり人でした。だからわたしも人には優しくありたいし、まわりにいる人が幸せになることが、
わたしの幸せだと感じるのです。わたしの作品をすてきだと思ってくれる人が明日も元気に過ごせるのだったら、それが一番の幸せです」
今回の展示にあたっては、遠方に住んでいる方から“いままで行けなかったけれども今回は行きたい”という声も届いているそうです。
それを「本当にありがたい」と言いつつ、「だからこそ、いらしてくださる方たちみんなによいものを持ち帰ってもらえる、
よい展示にしたいです」と意思を強めます。
初めて自身の作品がグッズになったイベントへの出展、SNSを介して招待されたニューヨークでの展示、
作品を見て明日も頑張ろうという気持ちになるというファンからの感想、その他これまでにイノウエさんに起こってきたことは、
いままでイノウエさん自身が努力を積み重ねてきた末に増えた引き出し。
これからもイノウエさんは、いろいろな場所でたくさんの人とご縁を結び、
自身の大切なものを温めながらどんどん世界を切り開いていくのでしょう。
――
イノウエエリコ
神奈川県出身。セツ・モードセミナー卒。食べ物のイラストや風景、植物のイラストを描くのが好き。
Written by 松本麻美
過去のインタビュー