インタビュー 松下美沙 ことば展「キミのばしょ」
昨年に引き続き、2021年も2月に松下美沙さんのことば展を開催します。
タイトルは、『キミのばしょ』。10年前に制作した、松下さんの処女作品と同名です。
今回の展示では初心に返り、新たな“ことばの可能性”を拓いていきたいと話します。
◯初期の作品『キミのばしょ』
松下さんは、“ことば”で自身の世界を表現しながら、”ことばと人の関係性”を探ります。
想像の幅を限定させない言葉選びを行い、作品に触れる一人ひとり自由に「言葉に触れる楽しさ」「言葉の持つ自由さ」を感じてもらえる表現を心がけています。
「言葉」を“ことば”とひらがなで表現する姿勢には、「言葉から生まれる意味や想像の広がりを表現したい」という想いが表れているようです。
「初めて“ことば”を作品にしたいと考えた時、“ことば”の持つ楽しさを届ける方法をまず探しました。そうして
最初の作品になった『キミの場所』では、個人一人ひとりに作品を届ける形式をとりました」
この作品は、6つのシリーズからなります。1シリーズずつ手紙に詩をつづり、松下さんの友人や知り合い、
当時通っていた映画学校の先生など、約80人に送ったと言います。
「住所を知っている人には片っ端から送りました。郵便受けにある日突然、詩のようなものが書いてある手紙が届いたら、
すごく良いかもしれないと思ったんです」
郵送するというアイデアだけでなく、手紙の形も少しトリッキー。ミシンでぬったり、穴が空いていたり、
紙を重ねてみたり……。しかけ絵本のように立体的なつくりでした。
しかも、手紙の開け方はわかりづらく、開けることができても、字が散っていて読み始めがわからなかったり、
重なっていたりしていて読みづらい……。実際に「開け方がわからないので教えて」という連絡もあったそうです。
「手紙の設計図は用意せず、自分が書いた文章のイメージで組み立てていきました。
手紙を受け取ってから読み終えるまでの体験から、“ことば“の『楽しさ』や『おもしろさ』を、
人それぞれに感じてほしいと考えていたからです。送った“ことば”から、感じてほしいイメージなどは限定しません。
手紙が到着した後は、自由に楽しんでもらえればいいんです」
そんなことを言いつつ、松下さんが詩で表現していたのは、小学校3年生の頃の情景。
「なぜだかわからないのですが、小学校3年生の頃の、友達との帰り道、そのときに友達とやっていた決まりごと、
当時の母親との関係、などの記憶がこびりついていて、映像として頭の中で再生されることがよくあるんです。
こんなにもこびりついている理由を知りたいのと、その情景を伝えたいというのもあって、いまも作品にしつづけています」
『キミのばしょ』というタイトルに込められた意味は、”キミがいた小さいながらも鮮やかに彩られた世界”。
「キミ」は、小学校3年生の頃の松下さんです。同時に、手紙を受け取った人が小さかった頃にいた世界を思い浮かべてもらいたい、
という想いも込められているそうです。
◯手紙から展示へ
こうして7シリーズ目を手掛けはじめた2011年、東日本大震災が起こりました。震災以降は想いがあふれてまとめきれなくなったことで、
手紙での表現から空間を使った表現に広げ、ギャラリーで展示をすることになりました。
「震災が起こってから、言葉はたくさん思いつくんですが書けなくて……。制作は2011年3月から始めていたものの、
ギャラリーでの第一回目の展示は結局、夏になりました。それ以降は展示を継続しています」
展示をするようになって気づいたことは、手紙サイズに濃縮されて200%になっていた松下さんの“ことば”の濃度が、空間に広がったことで100%になったこと。
「手紙では”対自分”になって視野が狭くなっていたんだなと気づきました。我(が)の濃度も下がったことで、
作品を思い思いに感じ取ってもらえる隙が生まれたようでした。全然知らない人にも届くようになって、つづった“ことば”が、より作品になったように思います」
昨年の展示では、ギャラリー中央に松下さんの詩を収めた”ことばの本”が並べられ、窓際には“ことばカード”のセット、
その反対の壁には”ことばカード”を並べて遊ぶエリアができあがって、空間全体が作品となっているような雰囲気でした。
今年はどんな展示になるのでしょうか。
◯これまでの10年、これからの10年
『キミのばしょ』で、“ことば”を初めて作品にして10年。最近、松下さんには思うところがあるそうです。
「ここ2、3年は自分の書き方の方法論ができあがり、書き始めると最後までスラスラと進めることができるようになりました。
でも、書くのが楽になった分、作品に込める“ことば”の自由さや楽しさへの想いが薄まってしまったのかな。
この前ひさしぶりに『キミのばしょ』を見返したら、文章は下手なんですが、当時込めていた”ことば”への思いや、
それを人に届けたい! という熱意の強さを思い出しました」
松下さんの“ことば”を使った表現方法には、詩が多く用いられています。
それは「“ことば”は捉え方が自由で、誰でも、みんなの中にあるもの」だという考えが伝わる方法を、いろいろと模索した結果。
2022年は、新たな『キミのばしょ』として改めて原点に立ち返り、詩を書いたりカードを作ったりするだけではない、
言葉を使った表現の可能性を探っていこうと考えているそうです。
「今回の展示でも、本を並べる予定です。もちろん好きに手にとって見てほしいですが、
さらに身体的にも精神的にもより”ことば”に参加してもらえるものも展示したいです。ギャラリーに何度来ても楽しい、
展示を何度見ても楽しい、という内容にできればと。解釈や”ことば”との関係性を、
もっと人にゆだねた作品作りにもチャレンジしていこうと思っています」
Written by 松本麻美
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